ホームページ制作からのひらめき

 新しいホームページを読み、まず私が感心したのは、がんを誤診した医療側への怒りや愚痴がほとんど見られないことだ。
〈怒りは活性細胞の活動を鈍くするし、怒っても病気は治らないでしよ?〉とはNさんの弁だが、カッコ悪いことは嫌いだという彼一流の美意識が伝わってきた。
あくまで毅然としたNさんの生きる姿勢に、私は強く心惹かれるものを感じはじめていた。
 Nさん作成のホームページの中身は実に軽妙な語り口、闘病体験を綴っても、独特のユーモアと明るさがあふれた。
各コーナーを上に示す。
 たとえば、ホームページ冒頭の「身障者にいたるまで」のコーナーでは、初期の自覚症状と整形外科医の誤診、一回目のがん宣告、右大腿部切断手術に至るまでの経過が語られる。
また、手術直後から一年余にもおよんだ「抗がん剤投与の闘病生活」、がん再発後の二度目のがん宣告、両肺に転移したがん病巣部摘出手術の経過などを「腫瘍が肺に転移した」と題して淡々と語るのだ。
 そうかと思えば、闘病体験談に混じって「義足の構造」がいきなり登場し、がんで片足を奪われた当人が、技術屋の鋭い目線で義足の構造を微に入り細にわたって解説してみせる。
もっとも、「義足の人が自転車に乗るコツ」という新しいページがつけ加えられたときには、好奇心旺盛な本人の性格をよく知る知人らも「よくやるよ」と呆れ顔で苦笑した。
が、これも同じ境遇にある身体障害者へのNさんなりの心優しいエールであることに変わりなかった。
  在宅ホスピス、病院ホスピス  在宅ホスピスの日々に、在宅で過ごす時間と病院生活との違いをどう感じていたか。
私からの質問メールに対し、Nさん発の回答メールはこうだ。
 〈病院は、個人的な自由が殆ど利きませんし、プライバシーなども殆ど保護されないのに近い状態だと思います。
下の話で恐縮ですが、排便の事を考えると(両者の)比較が一目瞭然です。
排便というのは、かなりデリケートな人間の営みであり、大部屋でたとえカーテンを引いたにしても、周りで物音や話し声がしたり、カーテンがゆれただけで便意が消失してしまyフ。
 特に大腿部切断手術のあとは、しばらくはベッドの中から出ることを禁止され、排便をしたいときは、寝た状態でお尻に挿しこみ式の平べったい便器がおかれる。
しかし、排便なんて寝た状態でなかなか出るものではありません。
仮に出たとすると、今度は臭気が部屋中に広がって大部屋の他の人も状況は知っているとぱいえ、顔から火が出るほど恥ずかしく、羞恥心も何もない行為です〉  がん患者として病院空間で過ごした味気ない時間。
このようなつらい想いを経て、この人の今がある。
そして、死と向かい合う本人が、誰にも気兼ねのいらない「排便の幸せ感」をしみじみと綴るのである。
 〈これが自宅だと事情が違います。
いまはポータブル便器をベッドの横に備え付け、便器に座ったときには窓の外の風景を見れるようにおいています。
 部屋の出入り口からはたとえ私が排便をしていても便座カバーを背にした後姿しか見えないし、見えても家族なので気になりません。
便意が来たら好きな時間に、好きなだけしゃがんで、もしも出なければまた寝れば良いし、出た場合には、夜中なんかだと、トイレの始末の為に女房を起こす必要ぱありません〉  ここには死をおそれる末期患者の暗さはない。
私は深い驚きを感じてしまう。
これに対し、Nさんは、〈まあ、世の中にはいろいろの状況の人がいるし、私のように割り切って吹っ切れた性格の人ばかりではないと思うので何とも言えませんが〉と語った。
 また、がん末期の人びとを対象として病院ホスピス(緩和ヶア病棟)が各地に生まれているが、Nさんは「死ぬためだけにゆくのぱつらい」と感じていた。
 「病院ホスピスは最高のケアをしてくれるかもしれませんが、死ぬためだけにゆくのはゴメンです。
もう助からない命ならば、わが家の生活空間で自由に暮らしたい。
私には死ぬ前にやっておきたいことがあるから……」  Nさんが死ぬ前にやっておきたいこと。
その一つが、最後の瞬間までホームペしシを作り続け、自分の「意志」をインターネット上に刻むことであった。
胸の奥にしまわれた医療不信  末期がんを生きるとき、人間の心は激しく揺れる。
そうした不安と病者特有の心理が、Nさんを苦しめる時間もあった。
ある深夜のメールで、Nさんは、親しい人びとのお見舞いをすべて辞退していると明かした。
 〈お見舞いお断りの件なのですが、自分より健康な人にいまさら励まされたって病気が治るわけではないし、親戚は多分言うであろう「大変だったね」という言葉は聞きたくないのです。
高校でいちばん信頼していた友達から「大変だったね」と言われたくない。
そう言われて、今までの信頼関係が私の心のなかで崩れるのが怖いので、お見舞いを断っているのです。
心から励ましの気持があるのなら、「がんばってますね」と言うべきですよ〉  病気の理不尽な現実を耐え忍び、患者本人が胸の奥にしまった孤独なつぶやき。
別の日のメールでは、不勉強な医者への激しい憤怒をのぞかせた。
〈私が最初にかかった医者は、たしかにリウマチとか半月板損傷とか、そういう一般的ながん患者が死と向き合うとき一終末期医療を考える治療には定評のある先生でしたが、私の病気(神経肉腫)については専門外だった。
たとえ専門外でも年に一度ぐらい、研修で最新知識を学んでいたら膝にいきなり内視鏡(膝関節鏡)を入れる前に、まずMRIなりCTなりを撮り、患部の様子を見るはずです。
そうすれば私の膝が「筋力低下によって関節に負担がかかっている痛み↓ニキログラム荷重で腿上げによる筋カトレ」なんてバカな診断はせずに、何かは特定できないが膝の裏に腫瘍ができていると一発でわかったはずです〉  三年弱の闘病中、自分の病気のことを熱心に調べたのだろう。
彼が冒された軟部肉腫というがんは、最初の治療の成否により患者の運命が決まる。
確実な診断を下すためには、Nさんが記したとおり、MRIやCT、超音波、血管造影などの検査を行い、さらに腫瘍の一部を採取して細胞診検査がなされるべきであった。
それをしなかったのは、目に見えない医者のミスに違いなかった。
不勉強なくせに矯った医者の過ちが、がん患者の生死を分ける。
ふつうの病気ならそれでも笑っていられるが、がんは事情が違うんだぞ。
がんの痛みで眠れない夜に、Nさんが患者の怒りをあらわにした私宛てのメールだった。
 ほぼ同じ時期、激しい痛みがNさんを襲った。
その翌日のメール。
 〈Nです。
今日ぱ昨日の夜から背中が激痛で痛くて眠れずに朝一番で、小笠原先生に神経ブロックをしてもらっていました。
(背中の痛みを止める)神経ブロックの治療後に私が体を動かしてしまったため、急激に血圧が下がって呼吸困難、わき腹の激痛、一気に痛みが襲って「もう死ぬのか」と思った。
そのとき先生ぱもの凄いスピードで(右手首に)点滴針をさし、鎮痛剤と安定剤、麻酔など的確な処置を施されたのだと思います。
気がついたら別室のベッドで安楽に横だわっている自分がありました。
「あ、生きていたんだな」。
 もう先生が神様のように見えました。
私が「心底おりがたい」と思ったのは小笠原先生が初めてです。
本当に良い先生にめぐり合えたと思います。
まだフラフラしていますので……それではまた〉  夜更けの午前零時過ぎ、私はがんばってますね〉と短いメールを書いた。


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